ミュージックプレイヤー
お恥ずかしい話ですが、26年前の画像になります。
バンド名「蘭丸団」・・・
Vo 木村浩教(Gt,Key,)
Gt 関すすむ
Ba 村瀬正宗
Dr 橋本文人
の4人編成のバンドです。
私のバンド人生は
アコースティックギター弾き語りから始まりました。
人の曲を歌うのは好きではなく、
自分で作った曲を自分で歌うスタイルが好きで、
一人で弾き語りをするのが好きでした。

しかし、ギター1本だと表現するのが限られているので
バンドに入れてもらったりしていました。

しかし、バンドとは人間関係が大変重要で当時、
何も弾けなかった村瀬正宗に楽器の演奏を一から教え、
2人でまず、自分のバンドを作りました。

そして、ドラムの橋本文人との出会いは、
衝撃的で、当時私よりドラムが
上手く叩ける仲間はずっといなかったのですが、
彼のライブを見た時、

こいつはいける!

と私のバンドに引き抜きました。

今思えばこの3人でバンドをやっていたときが
とても楽しかったような気がします。
バンドのジャンルはオールマイティーに演奏していました。
とにかく練習につぐ練習で明け暮れ
次第に気が付いたときには
かなりの演奏力が付いていました。

そして、ライブハウス等で人の前で演奏を始め・・・
ただ、上手に演奏してもお客さんは楽しんでもらえず、
その場を空気を読んで、
お客さんをオールスタンディングさせるには
それなりのコツがあることに気が付きました。

そして、私の生涯のライバルであり
仲間である関すすむをリードギターで
蘭丸団に加入させました。

理由は、どうしてもグランドピアノの演奏者が見つからず、
私が歌いながら弾くという事で、
ギターを関すすむに任せました。

彼の加入により、
本格的なレコーディングまた、デモテープを作成し、
完全にプロ思考のバンドに成長していきました。

そして、コンテストに参加し、
とんとん拍子で決勝大会まで行き、
プロデビューの道が開けました。

しかし、当時、付き合っていた女性と真剣に結婚を考え、
どうしても親の理解を得られる事が出来ず、
また、彼女に安定した暮らしを提供したかったので、
プロデビューはあきらめました。

今考えれば人生最大の決断だったと思います。